本文

1990年代後半、インターネット上で「モナー」というキャラクターが誕生しました。

Wikipediaの「モナー」の項などによると、モナーは「あめぞう」または「あやしいわーるど」という掲示板で生まれ、2chの「てすと」スレッドなどで改造されていき、現在の形に落ち着いたというのが通説です。

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ところが、このモナーはヤクバハイルさんという人物がひとりで作ったという説があります。

2001年にヤクバハイルさんご本人が主張したところによると、「モナー」は元々、1997年にヤクバハイルさんが作った企画の中に出てくるキャラクターだったのだそうです。

[1] ヤクバハイルさん 1年10月16日15時50分10秒
「超ヒトネコ伝説オマエモナー」の作者のヤクバハイルと申します。
(略)
元を正せばアスキーアート「オマエモナー」関連の設定を立てて某家電メーカーの子会社に企画書を提出したのは1997年のことです。
その後「オマエモナー」は作者の私の元を離れて家電メーカーの親会社に伝わり、遂にはそのメーカーのグループ各社に「オマエモナー」は伝播しました。
しまいには「作者不祥」のまま2ちゃんねるに流れて先方での「モナー板」になったというのが現在までの経過です。
(略)
   ∩ _∩
  ( ´ー`) <よろしくモナー。
  (    )
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  (___) _)

また、ヤクバハイルさんの主張によれば、モナーの作者がヤクバハイルさんだということは、一部の企業グループには事実として知られているそうです。

[1] ヤクバハイルさん 1年10月25日23時11分44秒
別に一人じめをするために、この場で再度”生みの親”を名乗ったわけではなく、これには背景があります。
(略)
モナー君たちはテレビや雑誌、その他多くのメディアの中から「ネタ」になるキャラクターやストーリィを真似てスレッドを立てて”電子板の二次元空間”をにぎわすのですが、その中には明らかに各版権元からクレームに繋がりかねないネタがあることも事実です。
(略)
ゲーム業界、アニメ業界、その他多くのメディアに携わる広告代理店等の著作権、商標、版権を扱う企業にとっては扱われることに”迷惑”なネタAAが2chで人気になってしまい、2chでの削除人さんたちが走り回ることになります。
(略)
「子供の責任は親の責任」とばかりに、私と私の所属する会社へ抗議してくる版権・商標に大変厳しい企業グループの存在は無視できなくなってます。
商標、版権を扱う業界関係者にしか配布されないマーチャンダイジングレポート等からモナーの生みの親が誰であるかマスコミに知れ渡る日が来るのは近いため (以下略)

ヤクバハイルさんの主張は時系列がおかしい

インターネットアーカイブを見ると、2001年5月16日には、ヤクバハイルさんのホームページの入り口に「『オマエモナー』はヤクバハイルの著作物です」と書かれています。

その文面が、2001年5月20日以降は「『超ヒトネコ伝説オマエモナー』はヤクバハイルの著作物です」という記述に変わりました。

たぶん、この「超ヒトネコ伝説オマエモナー」というのが、ヤクバハイルさんが「某家電メーカーの子会社」に提出した企画だと思われます。


では、「超ヒトネコ伝説オマエモナー」とは、どのような企画だったのでしょうか。

ヤクバハイルさんのホームページには、「凍結中のこの企画が再開されるまでここに置きます」として、「超ヒトネコ伝説オマエモナー」のギャラリーがアップロードされていました。

それによると、「超ヒトネコ伝説オマエモナー」の主人公の名前は山田モナー口癖は「勘弁してくれよぉ」だそうです。

ヤクバハイルさんのサイトより

また、「超ヒトネコ伝説オマエモナー」にはギコ猫も登場。「モナーのボケに鋭いツッコミ役」という設定だそうです。

ヤクバハイルさんのサイトより


さらに、ぞぬも「超ヒトネコ伝説オマエモナー」のキャラクターだったそうで、「象犬=バイオテクノロジーの産物」という設定だそうです。

ヤクバハイルさんのサイトより

しかし、2ちゃんねるに「ぞぬ」が登場した経緯は、2000年4月に『コンビニの「唐揚げ」って・・・』スレッド「ぞぬ」という名の架空の生き物が誕生した後、「ぞぬ」の外見として「あずまんが大王」の忠吉さんのアスキーアートの頭部を転用したものが定着した……という流れでした。

忠吉さんが「あずまんが大王」に初登場したのは1999年の「電撃大王」ですし、1997年にヤクバハイルさんが提出した企画書の中に「ぞぬ」という名前とグレート・ピレニーズの頭部を持つ生き物がいたとは考えにくいところがあります。


その他、「しぃ」や「マララー」など、一般には2000年以降に2ちゃんねるで誕生したと考えられているアスキーアートも、「超ヒトネコ伝説オマエモナー」のキャラクターなのだそうです。

ヤクバハイルさんのサイトより

ヤクバハイルさんのサイトより


そして、「超ヒトネコ伝説オマエモナー」にはネオ麦茶というキャラクターも登場。

2000年5月にバスジャックをした少年が「ネオむぎ茶」という名前で2chに犯行予告のような書き込みをしていたことが元ネタだと思われます。

ヤクバハイルさんのサイトより

ヤクバハイルさんは、「『超ヒトネコ伝説オマエモナー』はヤクバハイルの著作物です」と述べていますが、1997年から凍結されている企画の中に「ネオ麦茶」が存在していたとは思えません。

「超ヒトネコ伝説オマエモナー」が、2000年以降の2ちゃんねるの影響を受けているのは確かでしょう。

ヤクバハイルさんの主張には一貫性がない

ちゆが初めて「モナーの作者=ヤクバハイルさん」説を聞いたのは、2001年のことでした。

その頃のヤクバハイルさんは、前述の通り、「モナーは自分の企画だったのに、他人が勝手にネットの掲示板に流出させてしまった」と主張していたと思います。


ところが、2002年以降になると、別の主張を聞くようになりました。

それによると、実は、ネットの掲示板に最初にモナーを投稿したのは第三者ではなく、ヤクバハイルさん本人なのだそうです。

……2001年ごろの主張と矛盾しますが、何でも、ヤクバハイルさんのホームページで1998年7月に公開した文章から、そのことをハッキリ述べていたというのです。

さっそく、ヤクバハイルさんのホームページを見てみると、“1998年に公開した文章”となっている過去ログがあり、その中に……。

7月14日(火)BBS「あやしいわーるど」にアスキーアートキャラクター"オマエモナー"を載せました。

すでに他のBBSにも出ているようで、滑り出しは上場。

キャラクタービジネスとかにしたいけど「あやしいわーるど」のマスコットキャラでおしまいになりそうな気がする。

オマエモナー こいつがアスキーアートだと…

     ∧_∧
    ( ´∀`) <オマエモナー!
    (    )
    | | |
    (__)_)  (C)Yakuba


こうなる。

同様にギコ猫ギコハニャーン も

      ∧ ∧  / ̄ ̄ ̄ ̄
~′ ̄ ̄( ゚Д゚)<ギコハニャーン!
 UU ̄ ̄ U U  \____  (C)Yakuba
(略)
しぃしぃ
(略)

あんましアスキーアート駆使して作ってもも、「これは俺の作ったキャラだ」とか目立ちたがりのニセモノが出るので、モナーとギコ猫で「あやしいわーるど」を盛り上げていきたい。

1998年7月に更新したという日記の中で、すでにモナー、ギコ猫、しぃなどが完成。

アスキーアートの横には「(C)Yakuba」とまで入っています

一般には、ネットの掲示板に「ギコ」と鳴く猫が登場した最も古いログは1998年12月だと言われており、もしも本当に1998年7月の時点でこの文章を更新したのなら、ヤクバハイルさんがギコ猫やモナーの産みの親である強力な証拠となります。


しかし、これが本当に1998年7月に更新されたログだとすると、いくつか奇妙な点があります。

まず、前述の通り、2001年ごろのヤクバハイルさんの発言では、モナーがネットに流出した理由は「某社のグループ社内の人がアスキーアート・キャラクターをアングラサイトに貼りつけてしまった」という話だったのに、この「1998年のログ」では、ヤクバハイルさん本人が「あやしいわーるど」にモナーを貼りつけたと宣言している点。


また、「しぃ」というキャラクターは2000年ごろから有名になりましたが、その名前は「しー」という人のハンドルネームだという発祥が広く知れ渡っています。

もしも1998年にヤクバハイルさんが「しぃ」を発表していたとすると、現在知られている歴史とのズレが大きく、現在のヤクバハイルさんの説明だけでは、その食い違いを埋められません


それと、ヤクバハイルさんのホームページの「過去ログ」によると、1998年7月の時点で、次のようなモナーが完成していたハズですが……。

ヤクバハイルさんのサイトより

ヤクバハイルさんが2001年に「1ch」に投稿した文章では、耳が丸く、口が「∀」ではない旧型モナーが使用されていました。

[1] ヤクバハイルさん 1年10月16日15時50分10秒
(略)
   ∩ _∩
  ( ´ー`) <よろしくモナー。
  (    )
  |||
  (___) _)

1998年から「耳が三角のモナー」を広めてきたヤクバハイルさんが、2001年に自分がモナーの作者だと主張する書き込みでわざわざ「耳が丸いモナー」を使った意図が分かりません。

ヤクバハイルさんは過去ログを改ざんしている

そして、特に気になるのは、ヤクバハイルさんのホームページの“1998年に公開した文章”として置かれている過去ログが改変されているという点です。

インターネットアーカイブというサービスでは、ネット上に存在する無数のホームページの状態を定期的に保存しており、「あるホームページの○年×月の時点での状態のコピー」を確認することができます。

そこで、ヤクバハイルさんのホームページの“1998年に公開した文章”の過去ログの、「1999年の状態」と「2003年の状態」を見比べてみると……。

1999年11月の時点での状態 2003年10月の時点での状態
駄文の部屋98年前半
ヤクバハイルの日記です。
last update:1998.9.1

(略)



8月7日(金)にゃっふん、にゃっふん

某出パン社からゲンこーの依頼を受けた。

(略)

  ともかく、話のタネは撒きました。
  三目先生。後は頼みます。
ソフト開発に追われてるヤクバハイル






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駄文の部屋98年前半
ヤクバハイルの日記です。
last update:1998.9.1

(略)



8月7日(金)にゃっふん、にゃっふん

某出パン社からゲンこーの依頼を受けた。

(略)

  ともかく、話のタネは撒きました。
  三目先生。後は頼みます。
ソフト開発に追われてるヤクバハイル




7月14日(火)BBS「あやしいわーるど」にアスキーアートキャラクター"オマエモナー"を載せました。

すでに他のBBSにも出ているようで、滑り出しは上場。

キャラクタービジネスとかにしたいけど「あやしいわーるど」のマスコットキャラでおしまいになりそうな気がする。

(略)

あんましアスキーアート駆使して作ってもも、「これは俺の作ったキャラだ」とか目立ちたがりのニセモノが出るので、モナーとギコ猫で「あやしいわーるど」を盛り上げていきたい。
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……つまり、ヤクバハイルさんのサイトの過去ログでは、「1998年に書いた」ことになっている文章は、1999年10月の時点では存在せず、2003年ごろに出現しているのです。

過去ログの改ざん・その2

ついでに、ヤクバハイルさんのホームページの「過去ログ」の別の部分を見てみても……。

1999年10月の時点での状態 現在の状態
駄文の部屋98年後半
ヤクバハイルの日記です。
last update:1998.12.31

(中略)

12月17日(木)ハセシンいかがっすかぁー

目黒のS社が「ソウカイギ」にかわるゲームの企画が欲しいというので、私の企画書と「ハセシン」の設定書を売り込みに行く。なんか目黒は冬だというのに熱い。

駄文の部屋98年後半
ヤクバハイルの日記です。
last update:1998.12.31

(中略)

12月17日(木)ハセシンいかがっすかぁー

             || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
             || がいしゅつだよ  |
      ∧_∧ ||________|
     ( ´∀`) ||
     [|∪   )つ
      .) ) \
    ,,(_) \_つ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       < ギコ、 逝くぞ
  ∧_∧  \__________
  ( ´∀`)               ∧ ∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

[|    )つ             (,,゚Д゚)  < 逝ってよし
  | | |                /  |    \_____
  (__)_)            ~(___ノ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

(C)Yakuba

目黒のS社が「ソウカイギ」にかわるゲームの企画が欲しいというので、私の企画書と「ハセシン」の設定書を売り込みに行く。なんか目黒は冬だというのに熱い。

1999年には何もなかった部分に、後からモナーが付け加えられています

どうして過去ログが改変されているのかは分かりませんが、とりあえず、「1998年7月の日記」として過去ログに載っている文章が「モナーの作者=ヤクバハイルさん」の証拠として認められるのは難しいと思います。

ヤクバハイルさんの日記もフェイクの可能性が高い

しかし、ヤクバハイルさんがモナーの作者だという根拠は、「1998年7月の日記」だけではありません。

2005年ごろ、武藤さんという人が発言したところによれば、ヤクバハイルさんの1999年1月1日の日記(現存しませんが元のURLはこちら)に、次のような記述があったそうです。

1月 1日 金曜日
ご自由にお使い下さい

モナーの描き方(基本形)/IME2000前提MS Pゴシック12pt用
(1)まず基本のモナを描きましょう。右が描き方です(sp=スペース、全=全角、半=半角)。


  ∧_∧ 全角sp、半角sp、きごう、shift+ろ、きごう
 ( ´∀`) 全角sp、shift+8、全角sp、きごう、きごう、きごう、shift+9
 (     ) 全角sp、shift+8、半角sp、全角sp、全角sp、全角sp、半角sp、shift+9
 | | | 全角sp、shift+\(全)、半角sp、shift+¥(全)、半角sp、shift+¥(全)
 (__)___),全角sp、shift+8、shift+ろ(全)、shift+ろ(半)、shift+9、shift+ろ(半)×3、shift+9

  ※左端の列に全部、全角spが入ります。半角spを行頭にもってこないためです(>>80)。
  ※AAE・ギコペではテンプレを使えますが、同様に左端の列に全角spを入れて下さい。

(2)腕・手


  ∧_∧   ∧_∧   ∧_∧     ∧_∧   ∧_∧   「∩⊂⊃∪(きごう)」
 (´∀` )  ( ´∀`)  ( ´∀`)っ ( ●∀`)  (,,∩∀∩ 「とどつづっ」「ノノ」等が
 (つ  て) と   どヽ / つ  ノ  (づ   )   (  ノ   ,ノ  よく使われます。

(3)足


   Y  人  人 Y   Y  人    人  Y   人  ヽノ  「YJ」「人」「し」「´`ヽ(きごう)」
    し'` J し' `J   (__) J   し'(___)  し'(__) 「'(shift+7)」が良く使われます。

(4)横たわる


      ∧_∧ ○   ○   ∧_∧      ○  ∧_∧   「⌒(きごう)」の使用が
   と(´∀` と⌒ヽつ と⌒⌒つ´∀`)つ (⌒⌒づ TДT)つ ポイントです(○は尻尾)
す(○は尻尾)

まあなんにせよ


   ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ( ´∀`)< あけましてオマエモナー
  (    )  _____
  | | |
  (__)_)

・背中


これが漏れの背中だモナー
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       ∧_∧
      (    )
      (⊃○⊂)
      | | |
      (__)_)

・ガンモナー


           冂/
        ())   E´∀` ヨi<させるか!
   ===二]匚仁ク「」??'ー'ヽ7  ̄
        ヲ 弐ノム `ri〉‐〉〉こP) 〕
      `='   [D □`v[]__/
           / //

・マッハライダーモナー


       Λ_Λ  ̄ ̄   
      ( ´∀`)厂 ̄ ̄ヽ 
      ( ヽ /〃フ ?ア 
    ο( _つ  「/ ̄> 
      ノ  )/  |ヽ/ ヽヽ
    /L(__)   |へ> ) 〉
     /2  /|   ヽ__ノ
    L__/彡|   /
     __ヽ<__/
    Ⅱ(__(==/
      ||ヒ ))
      ヽ__ノ

・お茶モナー


        +
   +       +
      ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  + . ( ´∀`)< 乙彼?
     ( つ日)  _____
     (⌒_)__)
    ⊂===⊃

もしも本当に1999年1月1日の時点でヤクバハイルさんがこれを更新していたのなら、普通のモナーすら普及していなかった時代にマッハライダーモナーすら完成させていたことになり、ヤクバハイルさんがモナーの産みの親である強力な証拠になります。


2008年2月現在のWikipediaの「モナー」の項でも、モナーの誕生日について、この「1999年1月1日の日記」が根拠に挙げられています。

誕生日

(略)1999年1月1日にヤクバハイルの日記サイトでの「ご自由にモナーをお使いください」での書き込みにより「オマエモナー」が生まれた。 (武藤氏のログのサルベージによる)


しかし、実は、この「ヤクバハイルの日記サイト」の「1999年1月1日」付の文章は、1999年1月1日に書かれたものではないと思われます。

たとえば、この文章の中には「IME2000前提」という記述がありますが、IME2000の発売日は1999年7月9日です。

1999年1月1日の時点ではIME2000を使っている一般ユーザーは存在しないので、IME2000を前提にしたモナーの描き方を更新するハズはありません。

また、「AAE・ギコペではテンプレを使えます」ともありますが、ギコペができたのは2000年6月、AAEが作られたのは2000年7月ごろです。


少なくとも、1999年1月1日の時点で、IME2000を前提にして、AAEやギコペにも言及した文章を更新することは不可能でしょう。

ヤクバハイルさんの「1999年1月1日の日記」は2000年7月以降に書かれたものだと思われます。

ちなみに、ヤクバハイルさんの「1999年1月1日の日記」が書かれていたレンタル日記は、過去の日付の日記を書くことができる仕様になっており、書き込みが可能な最も古い日付は1999年1月1日でした。

実際に確認しました

念のために試してみたところ、簡単にモナーが存在する「1999年1月1日の日記」を作ることができました。

以上のことから、ヤクバハイルさんの「1999年1月1日の日記」は、2000年7月以降に、何らかの理由で過去の日付を指定して書き込まれたものである可能性が極めて高いです。


ヤクバハイルさんのブログを見ると、ご本人は、次のように主張しています。

それに1999年1月1日の電波日記("地雷の巣"内の日記)でも「ご自由にお使いください」と漏れは書いている。
 2ちゃんが運営を始めたのは1999年の10月からなので、誰がモナーの生みの親かはおのずとわかるでしょ?

しかし、問題の日記は2000年7月以降に書かれた可能性が高く、それを「1999年1月1日」に書いたと主張しているのは、本人が意識的に嘘をついているように見えます。

まとめ

そんなこんなで、「モナーの作者=ヤクバハイルさん」説の信憑性を考えると……。

●「しぃ」や「ギコ猫」がヤクバハイルさんに作られたという説は、現在知れ渡っている歴史との食い違いが大きいので、その差を埋めるには、もっと説明が必要

→今のところ、筋の通った説明はない(それ以前に、モナーが最初に流出した経緯など本人の説明も一貫していない

●「モナー」「ギコ猫」などが全部同一人物によって同じ時期に作られたというのは、けっこう物凄い話なので、その物凄い話を信じるにはそれなりの証拠が必要

→今のところ、ヤクバハイルさんがモナーの産みの親だというまともな証拠はない(証拠として挙げられているのは、「説明もなく改変されている過去ログ」と「日付の間違った日記」で、証拠としては弱い)

……といった感じで、現在のところは、「モナーの作者=ヤクバハイルさん説」の信憑性は低いと思います。