平成15年11月28日 井狩春男さんと「光に向かって」

 井狩春男さんという人物が書いた、「この本は100万部売れる ベストセラーづくり100の法則」という本があります。

 ちょっと読んでみると、

ベストセラーに悪い本は一冊もないのです。
内容があってもなくても売れた本はすべていい本なのです。
(中略)
読者の総人数で、その本は評価されるべきなのです。
(中略)
それだけの人数にお金を出して読みたいと支持されたのですから、まちがいなくいい本です

 と言い切った一方で、

中原中也や石川啄木はいくらベストセラーになっても嫌いです。

 とも書かれています。

 また、

汚れた心の人が書いた、つくった本は、出版の行為は認めるものの、決してベストセラーにはならない。
人を、社会を、地球を、良くしよう、明るくしよう、うるおそう、幸せのタネをまこう、光に向かって誘おう……。
そうしようとするすがすがしい心、温かい心を、編集者や著者が持っていなければならない。
知恵ではない。心だ。それでベストセラーが決まる

 と述べる一方で、

『日本沈没』(小松左京/光文社)――「読まないと大変だよ」「この本にはたいへんなことが書いてあるよ」と読者を脅すと本が売れるという典型。

 などと書いてあったり、よくわからない内容です。



 しかし、この本がスゴイのは、けっして口だけではなく、著者の井狩春男さん自身が実際に狙ってベストセラーを量産していると主張している点です。

ぼくが社名のたちあげからブレーンとなって、ベストセラーを連発している出版社があります。
1万年堂出版です。
第一弾のタイトルは、『光に向かって 100の花束』。平成14年の7月現在で63万部を突破しています。
 (中略)
新聞で広告を打つたびに、部数を確実にのばし、ベストセラーになった、いや、ベストセラーにした本です。

 さて、その『光に向かって』という本ですが、不思議なのは、おそろしく売れたわりに、新聞や雑誌にはほとんど取り上げられていないことです。

 数少ない書評を見ると、たとえば、斎藤美奈子さんの「趣味は読書。」にはこうあります。

これほどタガのゆるんだ本も珍しい。高森顕徹『光に向かって 100の花束』。ここまで強力な物件は探してもなかなか見つかるものではない。(中略)わけのわからん編集である

ヤマなし、オチなし、イミなし、ヒネリなし、センスなし。(中略)読書家がまちがって読んだら、「いまのは見なかったことにしよう」と考えそうだ。そのくらい気色悪い

これってつまり「死ぬまでラッパを離しませんでした」式の話を集めた修身の教科書の出来損ないじゃんか。

読むほどにだんだん頭が悪くなっていく気がする。でも、こいつが何十万部も売れているのだ。いったいこの国はどうなってしまったのだ



 そんな『光に向かって』の奥付を見ると、著者の高森さんは、「浄土真宗親鸞会」の会長というプロフィールの持ち主です。

 「浄土真宗親鸞会」というのは、45年ほど前に発足した宗教団体。学研の『浄土の本』では、次のように紹介されています。

親鸞会の活動部隊は主として若い男女である。
寸暇を惜しんで、布教活動に励む強烈な使命感をもっていることから、ある種のマインド・コントロールをされているのではないかと見る向きもある。

 『光に向かって』という本も、元もとは、この「浄土真宗親鸞会」の内部でだけ頒布されていた信徒向けの本でした。




 さて、親鸞会の機関紙『顕正新聞』の平成10年1月1日号には、信徒の方の体験発表が載っているのですが……。

専門分野の技能を真実開顕に生かす部門、特専部。
私にはキラキラ輝いて見えました。
よし、お役に立てる医者になろう。
名古屋大学を中退し、福井医科大学に入学。

 親鸞会の内部には、公務員・医者・弁護士などの特殊な立場や技能を持ったスペシャルな信徒だけで構成される「特専部」という部署があります。

 この方は、その「特専部」に入ることで親鸞会の役に立とうと決意して、大学2年生のとき、名大を中退して医大に入り直したのだそうです。

 しかし、医大の勉強は厳しく、26個の試験のうち18個を落とす成績を取り、卒業も絶望的になってしまいます。

特専部以外にも活躍の場はあると自己弁護し、進路を変えようと考えていたある日、高森先生は仰有いました。
『君みたいな者はどの道に進んでもだめです。ゆき詰まったらまた進路を変える奴です』
びっくりして飛び起きたのが午前四時。
生々しい夢でした。
それからお仏壇に向かい、高森先生のご著書『光に向かって』を夢中で拝読しました。

 そして、その『光に向かって』の内容に改めて感銘を受け、「国家試験に落ちたときが死ぬ時」と遺書を机の上に置いて猛勉強。ついに医師免許を取得したそうです。

 ……といった具合に、『光に向かって』という本は、長いあいだ、信徒が仏壇に向かって正座して拝読するような本として読まれてきたものです。



 そして、2000年。
 その『光に向かって』を一般の書店で流通させて、信徒以外も手に取れるようにしよう……という企画が実行されました。

 井狩春男さんは、その出版にあたって協力したという形です。

 ちなみに、信徒向けの内部バージョンと、一般向けの市販バージョンの表紙を並べると、なかなか頑張って擬態しています。

会内版 市販版

 あと、親鸞会の内部では、この本のキャッチコピーは「光に向かって進むものは栄え 闇に向いて走るものは滅ぶ」でした。
 しかし、市販バージョンでは、「心をいやし元気がわくヒント集」「大切な忘れ物を届けにきました」といった人畜無害なフレーズになっていました。



 ともあれ、『光に向かって』というタイトルは、親鸞会の機関紙に連載されていた教祖様のコラムのタイトルそのままです。

 しかし、井狩春男さんは、それすらも自分が考えたものであるかのように書いています。

「光に向かって」という言葉を選んでタイトルをつくりました。
(中略)
「前向きに生きるための100の教訓」
「失敗にくじけないための100の言葉」
「前向き 100のちょっといい話」
「明日を生きるための100の小話」
困ったことにこれらのタイトルはいずれも内容に偽りなしの、正直なタイトルです。
でも読者の財布のひもを緩める力を持っていません。
「光に向かって」は、やさしい日本語でしかも神々しさを感じさせる、身近で上品な言葉です。
(中略)
ま、ぼくの頭を戦後の大ベストセラー、アンネ・フランクの『光ほのかに――アンネの日記』がかすめたことは、白状しておきましょう。

 また、井狩春男さんは、次のように主張しています。

(『光に向かって』の)内容は、歴史上の人物のいい話集、著者は高森顕徹さん。
似たような内容の本は昔から山ほど出ているし、著者は発刊当時は一般にはまったく無名の方。
ベストセラーに自然になる条件はまったくありませんでした

 ……つまり、本来ならば売れるハズがなかった本を、自分の力でベストセラーにしたのだ、というわけです。

 しかし、お説教を聞きに全国から1万人ほどの信者さんが集まってくる宗教団体のトップが本を出し、団体として積極的に本の購入を勧めたのです。
 1人で何十冊も買って配る信徒も多く、どんな本だろうと売れて当たり前だったと思います。

 まあ、井狩春男さんが事情を隠して自分の手柄だと宣伝したかっただけなのか、本気で「自分の力で60万部売れた」と思い込んでいるすっごい能天気な方なのかは分かりませんけれど。

※平成24年、最初の更新時から内容を少し減らしました
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